三日月の制作日記「MOUSA誕生」
選定作業■2003年3月30日(火)pm1:00~2:30
参加者■写真家・野波氏 デザイナー・高氏
コーディネーター・三日月
デザインアシスタント・金嬢※01記録写真・渡辺氏
※写真番号参照
選定作業は天王寺にある、野波氏のスタジオ・ノアで行われた。
この日は開始直前から雨が降り、作業中は大雨になっていた。
スタジオの屋根に雨の音が叩き付ける。
が、なぜか不思議な雰囲気をかもし出している。※02
野波氏以外は皆、フィルムを傷つけまいと、綿の手袋を着用。
それを見た野波氏は「指紋を残さないなんて、
何か悪いこと企んでないかぁ~」と、一言。
一瞬スタジオが笑いに包まれた。
ほどよい緊張の中、どっしりとした茶色の箱を
野波氏が作業台に置く。※03
そこにはびっしりと撮り貯めた新作の写真が入っていた。
さあ、作業開始!!
みな真剣な面持ちの中、次々と箱から写真が取り出され、
さくさくと選定されて行く。
野波氏、高氏、三日月がそれぞれ、ぴん!と
来た写真を押さえて行く。
シリーズで構成された写真からは数点選び、
また「これは残したいか?」という野波氏の問いかけに、
高氏と三日月が返答する、という形でどんどんと、
写真が選び出され、見る見る間に作業台が写真で
埋め尽くされて行った。※04/05/06
ふと見たら、すごい迫力である、まさに圧巻の一言。
大きな期待に胸を膨らませていく。
「うわぁ~、なんか、なんかわくわくしてきた!」
高氏が一言かみ締めるように言った。
みな、同じ気持ちだった。
「すごくいい写真集が出来る!!」
心の中で確信していた。※07
選定作業が終え、今度は表紙の写真の選択が始まった。
今回写真集を制作するにあたって三日月には
あるイメージがあった。
9年前、「ユリカ」に出逢い、この企画をずっと夢見て来た。
2003年1月、三日月はアトリエKOの
デザイナー高氏と出会い、そして11月に高氏が
運営するギャラリー(art spaceK)で
野波氏の個展を開催した。個展は大反響だった。
そして高氏がふと呟いた。「写真集作りたいなぁ」と。
三日月も即、うなずいた。
野波氏に写真集について打診すると、野波氏は快諾。※08
そして、この企画がスタートした。
その時から三日月は今回の写真集のテーマを
黒と赤と決めていた。
なぜだか解らないが、本能的なものだった。
「暗黒の闇から生まれし救世主(美の女神)」で、と。
野波氏にはタイトルの提案からこのコンセプトの元、
検討して頂き、幾つかのタイトル名の中から、
このMOUSA(ムーサ)が決定した。
MOUSAとは美の女神ミューズのギリシャ読みである。
そして野波氏のこだわりから、最後のaをAに変更した。
勿論、ロゴは高氏が作成、細かい手作業の中、
納得のタイトルロゴが誕生!※09
実はアトリエKOとスタジオ・ノアはご近所で、
自転車で3分の距離。様々な面で、環境は整っていた。
事実、昨年の個展の時は一番大きな作品を人力で担いで
搬入したのであった。
多くの選ばれた写真の中から
野波氏が表紙用に選抜していた写真、※10
三日月が販売面から見て女性受けしそうな写真、
そして高氏がデザインしたら面白そうだと
提案した写真が選ばれ、高氏の手で表紙レイアウトされ、
選出する事となった。※11
ここからは高氏と野波氏にお任せ。※12/13/14
作業台を見回し野波氏と高のふたりは中身の構成の
打ち合わせを綿密にしていく。
表紙によって、開いた最初のページの写真を変えなければ
いけない為、幾つかのパターンを想定しながら、
要所要所のポイントを話し合う。※15
約2時間の作業終了後、また選ばれた写真たちを箱に戻し、
高氏のアトリエに持ち帰り、早速スキャニングの
作業に取り掛かる。
この作業はアシスタントの金嬢が担当することとなった。
神経を使う、重要な仕事だ。
最後に野波氏のプロフィール用の写真を撮影。※16
普段撮るほうの立場の野波氏ですが、撮られるとなると
なかなか居心地が悪い様子。
が、しかし、もっと気まずかったのは、
野波氏を撮影した渡辺氏だった。
「カメラマンにレンズを向ける程、やりにくい事はないぞぉ」
と、苦笑い。
後日、渡辺氏が撮影した選定作業の写真が上がって来た。
それを見て思わず笑ってしまった。※17/18
ある事件の鑑識現場なのだ。
刑事の高氏に、鑑識の野波氏に、鑑識助手の三日月、
新人刑事の金嬢。
そう、白い綿の手袋がそんな場面を演出していた。
緊迫感が伝わり、まさにそこは間違い無く
「現場」だったのである。
撮影:渡辺富士男

■高刑事と野波鑑識の1コマ
高「どうすっか?」
野「そうだなあ・・・」

















